2012年08月30日

英語力




今回は英語力の話

この前の連休に海外に行ったことは前に記事で書いたな。

私が今回行った国は英語圏ではないので、
TOEIC 300点台レベルの私と、現地の人たちとで
それほど英語力は変わらなかったような気がする。

お互い限られたボキャブラリを駆使し何とかコミュニケーションをとった。
時間はかかるが意思伝達は何とかなるものだと実感した。

こういう経験があるものだから、巷でよく言われる
「もっと英語を勉強しよう!」
「英語できなきゃ世界で取り残されるぞ!」
「正しい英語を身につけなきゃ相手に馬鹿にされるぞ!」
という気運というか鼻息の荒さを冷めた目でみてしまう。

そりゃ英語圏で暮らすとか、仕事で常に外人と関わるんであれば、
「社内共用語を英語にします」というのも結構。
私が社長でもそれは考えるかもしれない。


でも大概は違う。

もちろん私も時々外人と英語でやりとりすることがある。
でもさっきの旅行の話ではないが、
いくら私の英語が拙くても相手は理解するまで聞いてくれる。

あまりに私の理解が悪くてイライラさせることはあったかもしれないが、
少なくとも「英語が分からんなら門前払いだ!」なんて事は今までない。
(それは、例えば仕事上で
 私に語学力以外の部分で優位性があろうが無かろうが同じことだ)

私が日本国内でメールや電話で対応するとか、
または出張でたまたま海外に赴いただけである場合、
相手の外人もそれを分かっていれば私にいきなり流暢な英語を期待するはずがない。

そりゃ日本製品はガラパゴスと言われるくらい高品質かもしれないが、
日本人の英語力をそこまでだとは思っていない。
まぁ密かに馬鹿にされてるかもしれないが「だから何だ」という話だ。

どうせ期待されてないんだったらそれに甘んじて
右往左往しながら会話すればいいのである。



もっとも私は英語以外ではあるが外国語の取得には力を入れている。
それは「将来必要になるから」とかいう曖昧な理由ではない。

単純に
「多くの日本人が知らない言葉を流暢にしゃべれたらカッコいいから」
「旅行先で現地人と普通に会話できたら驚かれるだろうな」
「たとえ拙い語学力でも気付かれにくい」
というミーハーな理由があるだけなのだ。

まぁそれが私が英語の勉強に身が入らない理由でもある。
今さら英語がペラペラになったって何の意外性も優位性もないでしょ?

でもTOEICの点数は上げたいし、
もう少し英会話できればもっと仕事を早く進めることはできるんだけどな
という願望はある。


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posted by 社員X at 16:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 仕事術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月17日

知識の使い分け




誰が言ったか知らないが、
「知識とは知恵をつけるための手段」
なんだそうな。

ウマいこと言いますな。

いつぞやの記事で
私が歴史を学んでいることは書いたが、
あまりにもボリュームが多すぎて全く頭に残らない。

日本史だけでも大変のに、世界史まで入るともうダメ。
憶えては忘れ、また覚えては忘れ … の連続である。


でもある時ふと思った。
「そもそも何のために歴史を知りたいんだっけ?」

その答えを見いだせないまま、
教科書に書かれている年号や出来事や人物名を覚えても、
記憶力のトレーニングにしかならず、それ以上の意味がない。

だから上に書いた「いつぞやの記事」を読んでみた。
そして思い出した。

「人間は同じようなことを繰り返している」
ということを確認するためだったわ。

それで現在の日本を過去の歴史に当てはめてみると
この後どうなるの? という問いへの答えを見いだせるかもしれない
…などと考えたんだっけ。

でもその答えはここには書けない。
「まだ分かんないから」というのが主な理由だが、
さっきも書いたが、歴史の個々の事柄を把握するのに必死で
なんだか全体像が掴めていないのだ。

冒頭の言葉を借りれば、
「知識をつけること」自体が
いつの間にか目的化してしまっているのだ。


さてここからが本題。

「知恵につながる知識」って何だろう?
究極の答えは未だ不明だが
「全体像が掴めているかどうか」
ということが一つの条件の様な気がする。

今回はこれに焦点を当ててみよう。

でもこれだとモヤモヤした抽象的な言葉すぎて分かりにくい。
だから無理矢理たとえ話を考えてみた。

−−−−−−−−−−

ある家庭の衣類の収納場所について

家の中に幾つかタンスがあって、
例えば父母そして子供が2人くらいとして
彼ら彼女らの上着、下着、ズボン、スカートなどが、
どこかのタンスの何番目かの引き出しにまとめてあるのが普通だろう。

これによって
「お父さんのスーツはあのクローゼットの大扉の中」
「お母さんのエプロンは黒いタンスの上から3番目の引き出し」
「長男のTシャツは彼の部屋のタンスの一番下の引き出し」
「長女のスカートは彼女の部屋のベッド下の引き出し」
など、必要な衣類がどこを探せば見つかるのか大まかに把握できる。

そして各々の引き出しの中身までは覚えておく必要はない。
なぜならその都度明けてみれば全てが分かるからだ。

長男がある日に何色のどんなプリントのTシャツを着るのかは
本人が引き出しを空けて考えればすむこと。
母親が全て記憶している必要はない。

−−−−−−−−−− たとえ話はここまで

つまり私が言いたいのは
「どの引き出しにそんなジャンルの衣類が入っているのか」
というのが全体像であり
「個々の引き出しの中身」
というのが細かな知識である、ということだ。

おそらく入学試験や資格・検定試験においては、
全体像と細かな知識とが求められる。

しかし実生活においては大概のことは全体像が分かっていれば事足りるはず。
イザという時に何を調べれば細かいことが分かるのかさえ把握しておけばよいのだ。
ここでいう「何」とか書物であったり専門家であったり
あるいはウェブのどこかのサイトだったりもするわな。

もちろん専門性の高い仕事においては細かな知識もパッと出てくる必要もあろうが、
そもそも毎日同じような作業をしていれば、普通は勝手に憶えちゃう。

でも世の中には、こうした知識の使い分け(?)を理解せず
細かい知識が無いことに対して揚げ足を取る輩もいるから困ってしまう。
「お前は全知全能の神様か!?」とツッコミたくもなる。

まぁそんなことを考えた私は、
もういちど歴史の全体像の把握に努めることにしようと思ったわけ。
でもずーっと本とか読んでると、
ついついスコープが狭くなり細かい事に気を取られるんだよね…


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posted by 社員X at 14:28| Comment(1) | TrackBack(0) | 仕事術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月18日

社会保険料 低減月間 in 2011




今回も前回同様、過去の記事の引用から始まる。

社会保険料 低減月間

現在は5月。
すっかり忘れていたが、現在の働き具合は9月以降の社会保険料を決める。
本来ならば労働時間をグッと減らさなければいけなかった。

しかし今年は、震災・事務所の掃除・各種会議など
つまり残業代発生作業がこの時期に集中したため、
なんだか給与が上がってしまっている。

まずい…

だがまだ猶予はある。
来月もらう給料までが算定基準になるので
これから今月いっぱい労働時間を減らせば何とかなる。

そういえば今月は通院予定があった。
いつもなら有休を使うところだが今回は早退にしよう。
私の勤務先は半日有休は無いので
自然な形で給料を減らすことができる。

もちろん丸1日無給で休んでもいいのだが
そうすると次回有休使いたいときに
「前回使わなかったのに今回は有休かぁ?」
みたいに言われるのが面倒なのだ。
(私の有休取得が上司から警戒されていることは この記事 で述べた)
要は「1日休むときは有休!」という姿勢を一貫させておきたいのだ。

まぁきっと通院は何週かに及ぶから、
それなりに減給され給与水準も落ち着くだろう。

めでたしめでたし

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posted by 社員X at 09:45| Comment(3) | TrackBack(0) | 仕事術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする